私のバイク人生

私のバイク人生

高校2年の時にバイクの免許を取り19歳でナナハンライダーになった。当時はまだ日光に2台しかなく珍しい時代でした。

22歳の時日光で喫茶店を開き31歳の時に隣の今市へ移転。「こうひいしょぷ珈紋」から店を大きくし「ちゃちゃはうす珈紋」に店名を変更。朝8時から夜11時まで、休憩なしでがむしゃらに働く。40歳の時東京モーターショーであるバイクに衝撃を受けた。それは「BMW1100RT」。色んなバイクを乗りついで来たけどバイク人生が変わった瞬間でした。

翌年に初めて伊豆半島にツーリングに出かけた。火曜日しか休みがないので月曜日の夜お店を閉店してから12時過ぎに出かける。ノンストップで小田原まで250㎞、近くのモーテルで宿を取り朝8時にはタウンパイクから伊豆スカイラインを通りいつもの今井浜の海の見える露天風呂に浸かり至福の時を過ごし夕陽を浴びながらマーガレットラインをクルージング、西伊豆スカイライン、修善寺、御殿場ICで東名高速に乗り首都高へ、東北自動車道で日光の自宅に夜12時頃帰宅。

そんなツーリングを春秋と20年間走り続けた。バイクに乗れる楽しみがあるので仕事のモチベーションもあがり、寝る時間が無いほど働きづめでしたが辛いと思った事はありませんでした。

61歳の7月の時に甲状腺乳頭癌ステージ4の癌が見つかりました。

すぐに手術をしないと危ないと診断されましたが、痛みなどの身体の変調は見られなかったので、入院前に最後かもしれないツーリングと思いさそってくれた友達と二人で青森県の酢ケ湯に行きました。日帰り1200kmの旅。田沢湖、十和田湖、奥入瀬渓谷を通り酢ヶ湯へ。ゆっくり浸かって夕方6時には帰路に。ここから家まで600kmとかなり遠いが、

そこはBMWのツーリングバイクである。家には12時過ぎ着きました。

それから40日間の入院生活。さすがにステージ4は大がかりな手術で、後日、手術をしてくれた教授に本当に難しくて大変だったと何度も言われました。

術後は痛みと死ぬ程の苦しさで、自分の寝ている姿を病室の天井から覗いていました。これが幽体離脱?そんな体験をしました。癌になると誰でも落ち込んで精神的に参ってしまうらしいが、私の場合は性格が前向きで明るいこと、入院してても沢山のバイク仲間がお見舞いに来てくれた事、退院したら今度はどんなバイクを買おうとか、何処へツーリングに行こうとか、楽しいことをいっぱい考えて、入院していても落ちこまかった。みるみるうちに回復して退院したその日に仕事に復帰しました。その後R1200Rロードスターを手に入れ男鹿半島まで1300kmのタンデムツーリング。

日本海で夕日をバックに妻と写真を撮りました。まだまだ人生は続きます。怪我や病気で7ケ所手術の跡がありますが大病をしてもいつも前向きに楽しい事を続ける、これが大切だと思う。バイクは生きる力のエッセンス!!そして自由にしている僕に文句も言わず明るく笑って支え続けてくれる妻に感謝!

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